なるほど〜

広告業界は終わらない

face to faceでってのがなるほどと思った。自分の仕事でクライアントに打ち合わせに行くんだけど、ロビーで待ってるときに、どう見ても広告業界の人だなっていうのは集団(10人とか)で来てて、片や自分は一人(もしくは上司と一緒に二人)で打ち合わせに行ってるので、なんであんなに人数がいるんだろうか、この方々が全員何か発言するほどの打ち合わせの時間はあるんだろうかと常々思っていたのだが、このエントリーでなんとなくわかった気がする。そういう文化なんだな。

20170315

Audax Japanの会長が遠征先のニュージーランドで事故に巻き込まれて亡くなったらしい。信じられないことだが。

自転車で公道を走っている以上は常に事故のリスクがあるということは忘れてはいけない。先日のブルベでは交通ルールを守っていない参加者がいたということが指摘されていたのだが、自転車で長距離を走るってのはリスクの高い遊びであるゆえに、少なくとも自分でできる範囲の安全確保はしておこうということを再認識しておかないとな。

そういえば

やまゆりのゴール受付で初ブルベだという若者に「今年はSR目指します!どんなトレーニングすればいいですか?」って言われたけど、すっかりブルベ以外に自転車乗らないおじさんになってしまったので、「大事なのは諦めの悪さと丈夫な胃腸じゃないですかねぇ」としか言えなかった。

イザベラ・バード「日本紀行」とヘヴンウィーク

AJ神奈川がGWにイザベラ・バードの足跡を辿るヘヴンウィークを開催すると発表されてから、関連する本を読み進めていたのだった。先月の半ばに読み終わって、さてエントリーするかと思ったところ、400kmを走っていった先の不老不死温泉の宿泊付きオプションが売り切れていたので、どーしようかなーと思っていたのだが、そこはなんとかなりそうなので、フルでエントリーすることにした。

イザベラ・バード(Isabella Bird)特設ページ - Audax Japan 神奈川

BRM429神奈川300kmイザベラ - Audax Japan 神奈川

BRM501神奈川400kmイザベラ - Audax Japan 神奈川

BRM503神奈川200kmイザベラ - Audax Japan 神奈川

BRM504神奈川600kmイザベラ - Audax Japan 神奈川

というわけで、今年のGWはヘヴンウィークにチャレンジである。4月29日の昼に新白河スタートで300kmを走り、4月30日の午前中に山形県の金山町にゴール。5月1日の朝から400kmを走り、2日の午前中に青森県不老不死温泉にゴール。3日は竜飛崎経由で青森駅へ。200kmなので一日で終わる。4日の朝に青森駅を出発して600kmを走り、5日の夜に福島駅に戻ってくるという行程。果たしてどこまでやれるのかわからないが、比較的ゆとりのある日程だと思うので、疲労回復の時間をしっかりとって完走を目指したい。

イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)

イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)

イザベラ・バードの日本紀行 (下) (講談社学術文庫 1872)

イザベラ・バードの日本紀行 (下) (講談社学術文庫 1872)

イザベラ・バードが明治時代に東北地方~北海道の外国人が未踏のルートを中心に日本人通訳を従えて旅をしたときの記録。こういう記録をつけながら、外国人の女性が明治時代に旅をできたということ自体が自分にとっては驚きなのだが、割りと率直に意見を書いている(ように思える)ので、当時の地方の生活を知ることができるという点でも貴重な旅行記なのでは。仮に当時の日本人が旅行記を残していたとしても、当たり前と思っていることは書かないだろうし、外国人ならではの視点というのもあるだろう。地方の生活はノミに塗れた生活だというのが当時の実態なんだろうけど、それは日本人だと当たり前だと思っていて書かないことかもしれない。基本的にはバードが「なんて酷いところだ」と書いているところの方が印象に残る。

あと、日本人通訳のイトウにまつわる話が気に入った。アイヌを見下しているのは当時の多少学のある日本人のステレオタイプな反応なのかもしれないけど、バード自身もイトウを頼らざるをえないこともあり、そして結構頼りにしていると思われることから、ドライでずるがしこい奴に思えるけど、憎めないところがある。

やまゆり200のお手伝い

昨日はやまゆり200の本番。朝5時頃にスタート地点である兵庫島でお見送りをして、一旦帰宅してから16時半頃にゴール地点の癒しふれあい館に向かい、ゴール受付のお手伝い。

今回が初ブルベだという方がそこそこいてびっくりした。結構タフなコースだと思うんですけども。そういうのもあってか途中のPCでタイムオーバーしてDNFという人も多く、200kmで2,000mの獲得標高というプロフィール以上に厳しいブルベだった模様。みなさん時間かかっているし、やられ顔で帰ってくる参加者も多かった。なにせ信号峠が終わったら、やまゆりラインとヤビツ峠で文字通りの峠だし、そこから先はゴールまでまた信号峠なので、思ってるよりも時間がかかるってのが試走時の感想。率直に言うと、この時期のシーズンの最初の方の200kmとして開催するよりも、秋頃にある程度脚ができてる状態で走る方が楽しいコースかもしれない。裏ヤビツの寒さもマシだと思うし。

あと、裏ヤビツの発破作業で足止めを喰らった際にあんまりよろしくない態度の参加者がいたらしい。公道使って勝手に遊んでるという認識はいつも持っておきたいものです。